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2018_01
27
(Sat)22:10

0と100の間

珍しく外出をしたら早速発熱の憂き目をみる羽目になりましたとさ
やたら関節痛が主張してきていたから、さっさと休息取ればよかったのか

気づかないからこその現状だけどな!

※疲労、眠気、痛み等の身体的不調を自ら気づくことはほぼ無く
コレはまさかと自覚した時にはもう遅い、的な感覚鈍麻

承認欲求についてつらつら、と。

精神科医や心理学の権威は口を揃えて
「承認欲求を持たない人間などいない」と宣う
ごもっともなんだけど、本当に全員がそうだと言う根拠は乏しくなかろうか?
かと言って全人類にアンケートとるのも無理だし非効率的だ
それに大前提として全ての人間が同じ養育環境で生まれ育つ訳じゃない、
成人してもそれぞれが異なる職業、社会的立場、政治経済のシステムに生きる以上
「○○じゃない人なんか居ない」と全部一緒くたにまとめるのは、乱暴だ

果汁100%と0.1%のジュースを並べて
「これらは同じジュースです、果汁入ってるから」と眼前に出されたら、
間違ってはいないけど「ちょっと待て」と突っ込みたくはなるだろう。
事実に反しては居ない(=果汁入りジュースである)
だが、人間がこの2つをどう認識するのかについては、かなり違ってくるはずで。
100%と0.1%のあいだに横たわる無数の濃淡グラデーションを無視して
欲求の有無を断じるのは学術的に見てもだいぶ雑だ

僕は承認欲求が極めて乏しい、と認識してる
無くは、無い(と思うが、具体的にそれを想像できない)
知識として「承認欲求というものがある」とは知っているが
どう頑張っても他人事レベルだ
褒められたい、報われたい等の判りやすい欲求が皆無
文章書いてもテストで高得点取っても、それに対して褒めて欲しい/頑張ったと労って欲しい
…などと望んだことがない

ヒネクレでも意地っ張りでもなく、他人にそんなことを求めるのはおこがましいとしか
僕には思えない
何よりも、僕の行動全ては「自分のため」に根ざしているものだ
他人に褒められても、「だから何だ」と思ってしまう(ここら辺が酷い

褒められて/認められて行動へのモチベーションが上がる人間でないから、
僕は表現活動が向いてないのだな


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2018_01
26
(Fri)03:03

緩慢に

ども、社会からのログアウト絶賛続行中でございます

少しは他人や娯楽を欲するかと思いきや、
全くその手の願望が生じない毎日

階上の住人が日々鳴らしまくる騒音生活音を除けば
刺激の少ない日常をそれなりに送れている、と思える
それだけ僕にとっての「外」はクソうるさいだけの五感を蝕む場だったのだ
あとは行動範囲の半径5km圏内から生き物が居なくなってくれればなー

心持としては、これがどうか「余生」であればいいと願う
緩く、自分の考えを誰に見せるでなく綴り、僕の脳内CPUたちを話し相手にする
精密機械を組み立てるように、自分の愛するロジックや思想を脳内で構築したり更新したり
そのまま楽しく色々考えながら、別の場所へ行きたい

僕が本来生きるはずの星に、帰る
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