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2018_03
01
(Thu)01:58

いちゃもんの心理

昨日だいぶずたぼろ雑巾状態で医者に行ったので
その件でちょっと書きたいことはあるけれど、

それ以上に聞き捨てならん(見捨てならん?)ことがあったので
当事者ではないからこその無責任さと
(客観的か否かは別にして)冷静さをもって
僕の所感を記する。

舞台でも小説でも映画でもドラマでも
「見ていない作品」を語る時の人は、
絶対冷静でも客観的でもないし、
己の正義に酔いすぎて、真っ当に語る口を最初から喪失している。

誰のどんな作品かは書かないが(それは本件に無関係だから)
観ていない作品のタイトルがけしからん、と
正しい歴史認識が伝わらない、と
原作者に噛み付いた御仁がいる

観てないのにけしからんもクソもあるか
…というごく基本の前提は、この手の御仁には通じないので置いておく

タイトルに絡む一連の歴史的事象を嘲笑する作劇では無い。
コメディという土台に乗せて、歴史的事象の流れを共有する、
その上で「笑いを産むエンターテイメント」を構築する。

過去の一連は、確かに忌むべき悲劇で、正しいなんて間違っても思うことはない
でも、悲劇から出発するものが『喜劇』であるように作ることで、
「悲劇という事実」と「喜劇という眼前の体験」を作り手と客が分かち合う。
それは祝祭だろうと、思う

タイトルがけしからんから変更しろ、上演中止にしろ、と迫るのは
自分が気に入らないものは他人も気に入らないに決まってる、これは正義だ
だから排除しても構わない

という、他者の思想を否定しようとする暴力の再生産に過ぎない。
それは、かの国が特定の民族を排除しようと企てた、
「」の現代版とも言えるのではないか。

とにかくも、観てない作品にいちゃもんつけた挙句に
原作者(恐らく面識なさそう)に向かってタメ口でキーキー噛み付いている姿は、
誰にとっても滑稽の極みだっただろう。
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