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2019_03
10
(Sun)23:38

予兆前兆、滅亡へのマーチング

他者、特に自分の属性から遠い者に対する想像の欠如。
2020年が見えてきてようやく「他人に対する想像力の欠落」を挙げる論が散見されるようになった。
今頃かよ、と毒づくのはまたの機会に譲る笑
僕が思うに、この問題に始まりがあるとするならば
他者との完璧な相互理解はそもそも無理だという結論。
完全なる理解の試みに替わる、「解らないなりに考えてみる」という試み。
それを阻む「思考停止」という名の病。

理解という行為の結果に対して、完璧を求めてはだめだ。理解において評価し得るのは、「理解するために手を尽くす」部分だ。
手を尽くして得た結果にジャッジを下せるのは、あくまで理解の対象のみである。

完璧ならざる「理解」の空白を埋めるためには、「解らないなりに考える」という試みだ。
それでもなお埋まらぬ領域は当然在るだろうが、最初の結論として「完全なる理解は無理」なので
完璧に理解できないことはむしろ当然であろう。
どこまで手を尽くせるのか、「わかろう」とする対象に対してどれだけ飛距離を伸ばせるか。
――理解において重要なのは、思考を尽くすことだ。
己の持つ知識、情報、経験、全てを引き出して知力を絞る。
それらを結ぶ大きな一助になり得るものは、「想像力」だ。

「思考停止」の病がこの国を席捲して久しい。
極端なことを言ってしまえば、ここ100年くらいはずっとそうなのかも知れない。
・自分の頭で納得いくまで考えて、自分自身に答えを出すこと。
・些末なことから主語のデカい問題に至るまで、何だっていい、考えることを放棄しないこと。
・『自分には関係ない』を理由にして、無関心な物事を増やさないこと。

上記3つをちゃんとやれている人間はどれだけ居る?
もっと恐ろしいのは、これらを誰からも教わらなかった成人が現代社会を構成しているという現状だ。
この国の教育も社会も、自分で考える人間なんて育てる気がないし求めていない。
「自分で考えたり意見したりしない、疑うことなく従ってくれる奴隷」を熱心に育てて社会に送り込んでいる。
そんな世界では、当然ながら「自分で考える」人間は異端of異端になること必定だ。
社会にとって、学校にとっては反乱分子でしかない。
こうして「思考停止という病の国」から「病の影響から外れている者」を徹底して排斥する流れが激化する。
理解できない者、己の想像の範疇外の存在に対して、『こいつらは何者なのか』と思考することもせず、
「理解できない→嫌悪や恐怖の対象→忌むべき者として排除するのが正義」と安直に決めつけて。

知ってるか?
こういう異者排除の流れってのは、たいていの場合、何かが滅びる前フリなんだぜ。


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