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2020_06
15
(Mon)17:51

距離と立ち位置は3D

またぞろ都内のコロナ感染者数がじわりと伸びている。
日毎に気温も湿度も上がる、梅雨時らしく雨も降る。
夏になったらと危惧していた新たな感染パターンが姿を現そうとしている。
台風、集中豪雨、水害や土砂災害が起きれば上下水道の機能が損なわれる。
水――飲食や排泄を介して流行る感染症は毎年恒例だったけど、コロナはどうなるんだろう。
無視も軽視も出来やしないのに、人々は以前の習慣を取り返すように電車に乗り、職場へ向かう。
手をつなぎながら連れだって外出し、見知らぬ他人のすぐ横にポジション取りしてくる。
商業施設の中でも、レジ待ちの列でも、電車の座席でも、当たり前のように。

距離って何なんだ?

僕は、マスクはもう絶対アイテムではないと思っている。
ハンカチやタオルで口を覆ったとしても大差ない。無論マスクが100%万能じゃないからこその”大差ない”だ。
問題は「距離」だ。
近距離、タイマンは大抵の人がまだそこそこ怖いと考える。そういう時にはマスクやハンカチを使えばいい。
でも電車や建物の中、受付ブースと仕切られた外側のロビーと言ったある程度の距離を担保し得る場であれば、
マスク等は必須でなくていいんじゃないか。

別の見方をするなら、「一定の距離を保ち得る状況を作る」ことが肝要だ。

例えば、現状ではレジで透明のビニールカーテンを吊るして客との間に物理的壁を作っているのを生かしたままで、聞き取りづらい会話や音声をカバーするために必要に応じてマイクを使えば高齢者とのやり取りもスムーズに行えるのではないか。
駅の有人改札口みたいな感じで。
店員がいちいち大声を張らなくても聞こえる環境を作ればいいんだ。

サンプルとしてひとつしか挙げられなかったが、これが医療・介護、或いは託児所や病児ケアといった場だと難しくなることは容易に想像がつく。
目的、対象、手段が全て人間に紐づけされる分野だからこそすぐには替えが利かない。
技術で全てをカバーし得るかと言えば、現時点では当事者から否定的な空気が発せられる。
それだけ彼らにとって”人との接触”で可能になる諸々は大事なんだろう。
――心とか感情とか情緒と称される、温かさを持つらしい正体不明のナニカは。

物理的な距離と、心の距離とでは、比較するだけ無駄だ。
近すぎて害毒にもなる情動は多々存在するし、離れて生きることで安寧を得る関係性も多々存在する。

ちょっと抽象的な話になってしまうが、物理も心理も”距離”を認識する時は3Dなのだ。
座標軸の内側に位置を取って、他の誰かの位置も確かめる。
絶対に縦横だけじゃない位置関係が見えて来る。
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