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2019_04
23
(Tue)13:23

平等に容赦せず

「できない1%の人」を捨てる組織が弱いワケ

上記の記事、ビジネス的視点から語られるものではあるが、人間の幻想の一端に言及する部分が少々気に入ったので掲示。

僕が他人に疎まれる理由のひとつに、幻想の無さに起因する「誰にも平等に容赦しない」がある。
人は、自分と近しい者(家族、友人等)を優先順位の上位に置くものだ。
例えば自分の子が何らかの理由で他人から咎められると、保護者として庇うだろう。
友人と知らない他人を天秤にかけるとしたら、友人のほうを当然のように選ぶだろう。
――たとえ相手が、犯罪の加害者として糾弾されているとしても、心のどこかで(そんなバカな)と否定したくなるだろう。

人間が優先できる/尊重できる他者の数には、限りがある。
だからこそ、所謂「身内」を優先して救おうと力を尽くす。

僕は、この「身内」という概念が自分のなかに全く存在しないことを自覚している。
罪を犯した身内をかばう者の考えることが分からない。
世界の果てくらい遠い他者だろうが、親兄弟だろうが、自分以外は全て他人だ。
名前も顔も年齢も、性格も価値観も、どれだけ遺伝子を重ねていようとも。
「自分ではない」時点で、全ての者は他人になる。
身内だから、友人だから――それが何故罪をかばう理由になるのか分からない。
子供だから、年下だから、傷つきやすいから、地位のある者だから――それが何故、手を緩める理由になるのか分からない。

子供がいたずらをして叱る時、後輩が失敗をして狼狽えている時。
「子供なんだから許してあげて」「本人も反省してるんだから、あまりキツく言わないであげて」
それは一体どういう理屈なんだ?
口当たりのいい甘っちょろい上っ面だけの言葉で、適当に窘めて、それで本当にいいのか?
キツイって言うけどさ、それだけのダメージを被っている人間が居ることを骨身に刻むような言葉を得なければ、
結局どこかで同じようなミスを繰り返すことになる。

言葉は武器だ。
それは、投げかける相手にきちんと理解して貰うためなら、不要な情けを混入させてはならない「武器」だ。
本当に「身内」を大切に思うなら、その場しのぎの甘い情けでごまかしてはダメだ。
「許してあげて」なんていう庇い文句には、結局のところ、(キツイことを言って疎まれたくない、非難されたくない)という自己弁護が見え隠れする。
そんな言葉ひとつであなたを嫌う疎むヤツなんて、所詮はその程度だぜ。
嫌われていいよ、そんなヤツには。
だってあなたが危機に陥ったとき、ソイツは即座に逃げていくだろうよ。
そんなヤツを、どんな理由であれ、あなたが庇う価値は無い。
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