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2019_06
17
(Mon)19:57

『安楽死を遂げるまで』雑感

宮下洋一氏著『安楽死を遂げるまで』を読んだ。
実際に読んだのはもう少し前の話だが、次著もあわせて読もうと思っていたタイミングで
ドキュメンタリー番組が放映された(TV無いから未視聴)のも手伝って、
改めて感想など綴ってみようと珍しく。

ご本人はこんなビン底までエゴサするほど暇じゃなかろうから、
オブラートに包んだ表現などいたしません笑
…俺にオブラートとか歯に衣着せるとか、求めちゃだめだぜ

在外のインテリ(嫌味でなく、どこに出しても賞賛や羨望を向けられるタイプ)が安楽死を追う軌跡。
安楽死、と言うか正確には自殺幇助を、基本的には容認し難いとする著者が、
様々な人々の終末を追いながら葛藤や変容を巡らせていく。

僕はそもそも安楽死という言葉があまりピンと来ない。
自分自身で人生の終わりを決められない/決めることを禁じられている国にいて、
何が安楽なのかと思うからだ。
自分のことなのに自分に決定権がない、他者の手を借りることも禁じられている現状で、
何をどう頑張ったところで最後に待つのは安楽ではあり得ない終わりだ。

例えば病気や障害、老化で自らの意思表示も儘ならない状態。
意識や思考が全うでも身体の自由がきかなければいずれ耐えがたい苦痛に苛まれる。
――自分のことを他人に委ねなければ生活すらできない、不全という病。

この国において、オマケみたいにぼんやり存在しているのが尊厳死だ。
言葉だけ作られたまま、誰も踏み込まない立ち入り禁止の場所みたいな「誰かが誰かであるための死」。
医療従事者が各々どう考えているかは分からないが、
自殺幇助が生じた場合に医師(手助けした医療者等)が罪に問われるのは本当に納得いかない。
手助けした者の精神的負荷をフォローしないのに罪を負わせることもそうだが、
何よりも、死を望む者からしたら
「お前が死んだら手助けしたヤツが罪に問われるんだぞ、お前はそれでもやる気か?」
と脅迫されているも同然だからだ。

だったら手助け無しで自力決行するから引き留めるなって話だ。
合法的な姥捨て山システムとか、自治体の担当窓口で申請したら処方箋出すとか。

本の感想からだいぶズレたが、安楽死に向き合う気持ちの変化をたどる限りでは
この人は、自分の存在価値や周囲からの承認に疑問を抱かずに済んできたんだろうなと感じた。
下世話な表現で言うなら「生まれた時からアベレージ高め安定の愛情と財布が盤石だった」。
要するに健やかに育つ以外の成長過程が想定できない人だ。
無論著者を侮辱する気は毛頭ないし、こんな風に生まれ育つことができるならその方が多分いい。
でも健やかに生まれて育ち大人になった人の最大の欠落は、
盤石たり得ない、むしろ脆弱極まりない基盤の上に危なっかしい自分を育ててきた人間を、理解し得ないことだ。

生まれたきたことが損失で(ロングフルライフ)
家庭や学校、社会で存在を承認されず異端だと糾弾され排除され続け、
他人に何かを望む/期待することが間違いであると結論を出し、
唯一の誇りは「ひとりであること」という旗を掲げる者
この世界での承認なんて勲章は要らなくて、
自分で自分を誇れる勲章を求めてこの世界から離脱しようとする者に、
自分で人生の幕引きを決められない世界は究極の地獄だ。

生きることが素晴らしくて、長生きしたいと願う者が生きればいい。
僕は、遅まきながらでも、自分のことは自分で決めて実行するし、そうであるべきだと考える。
モノが何であれ、選べない/選ばせないなんて、最低の暴力だ。
生死の自己決定も然りだ。

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