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2019_09
25
(Wed)13:57

他人から学ぶと地肩は強くなる

お笑い(に代表される笑いの表現全般)と差別的表現はいつだってスレスレなんだ。

「大坂なおみに必要なものは?」「漂白剤」人気芸人のネタに批判殺到 事務所は「配慮に欠く」と謝罪

最近の事例で言うと、とろサーモンの「更年期障害」発言からの業界ちょい揺れなんかも該当するだろうか。
お笑いのバラエティやライブイベント、さらに広げればコメディ演劇や映画、ドラマもそうであろうが、
総じて「笑い」という表現は、誰かを傷つけるような嗜虐を含む暴力的な性格を持つ。
シチュエーションコメディで典型的に見られる「困った状況に陥って右往左往する主人公」を見て僕らは笑うけれど、
あれは客席という安全地帯に居るから安心して笑っていられるだけだ。
フィクションだから笑ったっていいじゃない、という言い分もあるだろう。
勿論笑ってもらうための作品である以上、そこに罪を喚起しても意味はない。
肝心なのは、「困っている主人公を笑って見ている僕ら」という、己の立場の相対化だ。
誰かを笑ってニヤニヤしている僕らは、本当はとても意地が悪いし性格が悪いんだという自覚が、あるのかってことだ。

フィクション以外に話を移せば、例えば公衆の面前で笑われて恥ずかしい思いをすると言った場面。
笑う方に悪意がなかったとしても、それは単に「相手の羞恥心を感じるセンサーがぶっ壊れてる」だけだ。

他者の感覚に想像が全く働かない鈍感さ。
己の「笑う」が「嘲う」と同義に変質していることに無自覚な無知蒙昧さ。

ひとつひとつの事例を取り上げて「これはダメ、あれもダメ」と個々の表現に検閲を入れたって意味が無い。
問題なのは、「こんなのも差別なの?そんな認識なかった」で片づけてしまうことで、
結局過去に取り沙汰された事例から何ひとつ学ぶことなく同様の事例を拡大再生産していくことだ。

上記にリンクした大坂選手の件に関して言えば、いまどきこんなこと言うヤツいるのかと驚いた。
もはや肌の色を云々する表現がただの笑いネタとして通る時代ではないのに、
昭和のネタをまんま引っ張った感じが否めない。
例えばシャネルズとか、今絶対できないだろ。それが何故なのか考えもしないところに、無自覚の闇が在る。
Aマッソというコンビは恐らくシャネルズという単語すら知らなかった可能性が大だが、それとは無関係に彼らの悪意は潜んでいる。
お笑いの世界にもとっくに「そういう表現はダメだよ」という波は打ち寄せていて、
業界人は窮屈だと感じながらもそれぞれの表現で限界値を探っているはずだ。
どこがダメかというラインを知るには、結局過去のネタやNG表現の事例を遡るのが妥当な策だろう。
どれほど煩わしくても、「学ぶ」しかない。他人の経験を集めて得たものに、何を足していけるか。

笑いに限らず、誰も傷つけない表現なんてものは存在しない。
お笑いでネタを披露すれば、笑う客がいる一方で不快になる客もいる。
作り手にできることは、「作り手ゆえの罪」を背負いながら、誰かの「不快」を嘲笑うことなく強靭な笑いに改造すること。
「あれもダメ、これもダメ」じゃ表現の選択肢がしぼむだけだ。
使えない道具なら、使えるように改造すればいい。
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