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2020_02
07
(Fri)19:31

回避スキル、大事

●vs△とか、□□は有りか無しかとか、許せるor許せないとか。
ニュースやコラムの記事見出しをザッピングしていると、何故こんなに二択だらけなんだろうと不思議に思う。
勝手に2つ選択肢を提示して選べと迫る。二択であること、何故その2つなのかと疑問を呈すれば鼻白んだ雰囲気になる。
有りか無しか、許せる許せない、ってどういうことだ。
それは自分で決めろ!いちいちお伺い立てなくていいだろ!
自分で決めることなのに何で他人に許可をもらう必要がある?


他人に何らか意見を聞くときの手法として「二択」はオーソドックスなものだ。
単純化して簡単な絵図にしたほうが分かりやすいと思うからだろう。
二択の罠は、単純化することで他の多彩な選択肢を隠してしまうこと。
二択を作成するときに「誰がどんな基準で2つ選択肢を設定するか」によって如何様にも都合よい答えが導けてしまうこと。
簡単さ(分かりやすさ)は万能じゃない。2つ以外の何かが溢れている世界であることを忘れさせるのが「簡単さ」だ。
だから、誰かの正解に引っ張られる二択に常時晒されていると、人はいとも簡単に考える力を失う。

二択で話を持ち掛けて来る人間に対して「何で2択?」「何で犬と猫?熊とペンギンでいいだろ」と対案(?)を出すのも悪くはないが、もうこのやり方もイマイチかなと感じる時がある。
正確には、イマイチに感じてしまう状況や相手がある気がするのだ。
――相手が自分の設定した選択肢以外を認めず、対案を悉く退ける場合。
――対話で相手と妥結を探る価値がない場合。
対話する価値のある相手・内容か否かだ。

思うに同じ土俵に上がらなくていいのだ。
二択の恐ろしさは、相手の都合で設定された2つだけの選択肢を示されて、どちらを選んでも己の意見と同一視されるのだ。
そんなバカな。
二択とは結局のところ「誰か専用のバトルフィールド」で、持ちかけられるバトル内容は「誰か専用のルールに則ったケンカ」。
そんな宗教レベルで相手にだけ都合良く作られた場所で、正面から礼儀正しく戦う価値あるのかよ。
相手と同じ土俵で戦うのが礼節じゃないし、相手のルールについていけないなら離脱してもいいんだ。
真面目に異を唱えるのは優等生にやらせとこう!

誰かのルールに従うも、異を唱えるも、サヨナラするも自分次第。
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