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2020_04
14
(Tue)14:21

1914

1914年は第一次世界大戦の勃発した年で、近代と現代の歴史的転換点ともいわれる。
戦争に飛行機や通信技術がもたらされ、本来的領土から離れた地域への植民地支配が拡大され、国民の知らない場所を巡って争いが始まる、あらゆる分野において「規模が大きい」話に発展していく時代を迎えた。

2020年。21世紀に入って20年近く経過した今、地球規模で感染症が猛威を振るい続けている今。
ある意味「21世紀の本当の始まり」が到来したんじゃないかと思っている。

停滞と旧態依然の両輪で、多数の生命や名誉や権利が踏みにじられている現代社会。
変わらないことで益を得る者が現状に固執して、変化を厭う者はそこに隷属して威を借る愚鈍と化す。
しかしウイルスの見えざる恐怖は人々を容赦なく変化へと追いやり、半ば強制的に諸々の変革をもたらすキッカケとなった。

仕事とは職場に集まってみんなで一緒に、だけじゃない
発展し成熟した社会構造は些細な瑕疵で容易く揺らぐものだ、という教訓
教育の在り方、家族の在り方、つまりは人とのつながり方をたった一つの正解に従わせてはならないということ
ひとは、どれだけしんどくても、自分で考えて判断し行動する存在であるということ

これは、僕の気のせいじゃないだろう。もう、パラダイムシフトが見えているんじゃないか。
感染症の暴風はまだしばらく続くだろう、少々治まったように見えても自粛緩和すれば再び感染が舞い戻ることは想像に難くない。
世界規模の公衆衛生リスクと呼び得るであろう、コロナウイルス危機に決着をつけることができたなら。
我々は大きな変革への入り口を開くことになる。

個人、社会、国家、つながり、倫理と規則、思想や価値観
21世紀の人間に相応しいそれらを、己で掴める。

だから僕らは絶対油断してはならない。
変化が押し寄せる時に警戒すべきは、「権力の肥大化、絶対化が常態になること」
非常時において、人々は一時的ならばと権力中枢への権利移譲や、過度の個人情報管理を委ねてしまいがちだ。
もちろんそれらの(それ以外も当然)対応策が必要であるならやむを得ず、という場面もあるだろう。
しかし変化を利用し、権力と支配欲求とを携えて人々を蹂躙する者はいつの時代も一定数いる。
そのような者に決して口実を与えるべきではない。
「偉い人に全部任せておこう」が一番危険だ。その瞬間から尊厳などないも同然の存在になり下がるのだから。

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