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2016_09
09
(Fri)19:34

僕は僕の頭脳と一緒に居たい

自分のなかの電池がもはや切れる直前ですよ。


日に日に身体がキチィーって叫びたがってる。叫ぶ力は無い。
ショートスリーパーだったのにやたらめったら眠い日々が続くし、
そもそも家からほとんど出ない生活なのに、疲れてもないのに何故眠い?
以前は「眠る時間も惜しい」と思ってて、
どんなに眠くても布団に横になることさえ思いつかない人間だった。
それが隙あらば眠りたい。おかしいだろ。

身体機能を支えるのも、精神的健康を保持しようと頑張るのも、
最終的にはこの身体が持ち得る
根本的な意味での「力(体力でも間違ってないけど、語弊がある)」の大きさ。
電池の容量。
電池の容量がからっぽになりかけると、そもそも充電状態を保つための予備電力さえも
身体的生命や精神の機能を保持する為に消費されることになってしまう。
いま、僕が置かれている状態がまさにそれ。

心底、しんどい。
喉が渇いてても「水を飲みに行く」判断ができず、立ち上がれず、
立ち上がって台所まで行けたとしても
いきなり食器を片付けたりと無関係の行動がどんどん優先されていって、
喉の渇きは放置されたままだ。
(目的に直結する行動ができないところだけ、安定のADHDなんだな…)

身体を正常に動かす脳の指令部みたいな担当部署は、もう機能不全なんだ。

誰かに助けを求めたり、頼ろうとするのは、出来ない。
僕は自分の言葉を多少なり解ってくれているひとたちを、カウンセラーにしたい訳じゃない。
そして通常障害者が頼る先として挙げられるだろう「家族(実家・配偶者)」が、
頼れる存在だと思わない。
そういう意味で 僕には 「家族」は居ない。

血縁から生じるらしい「家族」は誰ひとり僕の障害を知らずに生きている。
父母はもう老後に入って久しい。
姉はふたりの娘のために日々奮闘している(だろう。僕は姉と全然会っていないけど)。
44歳にもなった子が『自閉症とかADHDなんだ』と告げたところで、誰がどう対応できるのだ?
「家族」に混乱しかもたらさないし、姉は自分の娘のことに不要な心配しかできなくなるだろう。
遺伝とか、よく判らん。
僕がわからないし説明もできないんだから、姉は尚更不安しか抱えられないだろう。
判明した時点で、僕は、彼ら「家族」から切り離されたんだ。

同居者。
向こうも障害者だ。老老介護に加えて障害者どうしで介護とか、どんな地獄絵図だろう。
ただでさえ現在僕は無職でこの先の就職も見通しが真っ暗だ。
つまり1馬力稼働。
車の片方の車輪が壊れているのに向こうは無理やり走り続けているのだ。
共倒れになるのは、そんなに遠い話ではない。

身体機能がもう死にかけなのに、内臓レベルからもう限界訴えているのに
この思想や言葉や感情を残そう、伝えよう、解ってもらおうと求める
心の欲求に身体が引きずられた状態で馬車みたく疾走している。
このバランスの悪さが、身体の苦痛・衰弱を助長している。

残存電池のほぼ涸渇した身体を超高速で引きずりながら
残りの燃料にそぐわない精神が暴走列車みたいに
崖への一本道を疾走してる。

別の見方をすれば 僕は この身体は要らない。
惜しいのはいまこの思想や感情や人格を持ち、支え、司っている「脳」(臓器と言うよりも思想の核と言う意味)だ。
特定の誰かに伝えたい欲求はあるかどうかあまり判らない。
でも、誰とも寄り添えないし誰とも共有できないし、
生まれた瞬間から培ってきた今に至るどの場面でも常に
「人の輪の外側」に居た僕にしか見えていない景色を、見て欲しいんだ。

廃墟(ruin)を訪ね巡り歩いて、誰に顧みられることなくひそんでいる小さな欠片。
かつてそこに居た人々の希望。
僕は希望とか楽しさとかの担当外にいるから、
僕の役目は、大きな手のひらからこぼれ落ちてしまった誰かの希望を、然るべき場所にきちんとしまっていくことだ。
のちの時代に違う誰かが、その希望を見つけられるように。

希望はつなげていくものだから。

一寸先は闇なんて言うけどそうでもなくね?身体的に向かう方向は、何となくでも伝わってくる。

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